奈良県に住んでいた2歳?3歳頃の記憶。

  1. 辛い過去から成功までの軌跡
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アフィリエイター専業で5年以上!
辛い過去から現在へ辿ってきた道を伝え、
その道筋が少しでも役に立ってくれることを願って発信する賢者、
中城子龍(ナカジョウシリュウ)です。

私は産まれて3歳か4歳頃に、
奈良県生駒市から大阪に引っ越してきました。
理由は定かではないけど。

おそらく「両親の不仲」
理由だったのかもしれない。

そんな奈良県での思い出は、
あまり多くはない。

バケツ一杯小石を集める3歳児

少しだけ覚えているエピソードは、

「近所の田んぼ」

田んぼ

で遊んでいた記憶。
その時、どんなことをして遊んでいたのか?
それは、

「バケツ一杯に小石を集める」

というもの。
なぜ集めたのか?
本当のところは分からないが、
黙々と集めていたのを覚えている。

この記憶がよみがえった瞬間

ちなみに、
この記憶が蘇ったタイミングは、

「今日から俺は!」

今日から俺は!

という漫画本の中で、
二人の不良が強面教師の
鬼山先生に罰ゲームとして、

「グラウンドの小石をバケツ一杯まで集めろ」

というものだったw

5歳上の兄がタバコを吸っていた

子供のタバコ

ふと記憶に残っているのが、
5歳上の兄がタバコを拝借している姿。

その映像には、
昔懐かしのガラス棚が映り、
その一番上の届かないように
置いているであろうタバコを取っている姿。

この時の感情は、
一切思い出すことができないが、
きっと、

「タバコは吸ってはいけない」
「悪いことをしている」

という認識はあったはず。
でも、私は親に言うこともなく、
黙っていました。

5歳上の兄は近所のヤンキー3人組と
つるんでいた記憶があるので、
その関連なのかもしれない。

ほとんど泣かない子だった

我慢する子供

私が普通なら泣くであろう場面で、
泣いていない映像が残っていることが、
いくつか存在する。
それは、

「母親の化粧台から飛び降りて膝を強打して水ぶくれが出来ても泣かなかった」
「家の前の畑にある用水路に体がぴったり横に挟まっても泣かなかった」
「家に落ちていた爪楊枝を踏んで足の裏にぶっ刺さっても泣かずに我慢していた」(のちに言わなかったことで怒られる)

といった感じで、
本当に泣かない子だった。
どうして泣かなかったのか?
おそらくだが、

「兄がよく泣いていた」

のを見ていたからだろう。
兄が泣くと両親が怒る。

「泣く = 両親に怒られる」

というイメージが強かったのかもしれない。
だから、我慢していたのかもしれない。

こんな感じで、
楽しかった映像よりも
辛かった映像の方が覚えている。

正直、楽しかったことあったのかな?
と思うくらい思い出せない。

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中城 子龍

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