辛い過去から成功までの軌跡

念願だった野球部を2ヶ月で辞めて悔し泣き

どうも、子龍です。

今日のお話は、高校1年のお話し。

高校1年から始まった、
家賃2万円築30年以上のボロ家生活。
まだ野球部は続けることにした。

2ヶ月で野球部を退部

野球部

中学2年から始めた野球部。
やりたくて仕方がなかったはずなのに、
高校1年の夏を前に辞めます。

理由は、

「自主練習し過ぎで首を捻挫」

「金がない」

私が通っていた高校は、
普通にお勉強していく普通科。
スポーツに特化した体育科。
という2種類に分かれていて、
私は、普通科として入学。

しかし、この学校。

スポーツに特化しているだけあって、
普通科でもとんでもない練習をやらされる。
例えば、体育の授業、

「床でスプリング」
「6段の跳び箱の上でスプリング」
※スプリング:ダッシュして立ったまま前転

「逆立ちで10m歩き」
「つり輪で足を平行にあげて10秒静止」
「鞍馬で横にブラーン、ブラーンと揺れながら前後に移動」
「鞍馬で横に回転」
「鉄棒で蹴上がりから筋肉ブランコ」
(鉄棒が2本並んでいるやつ)
※俺たちは、体操選手じゃねーよ

「プールではバタフライも練習」
「プールでは合計2km以上練習」
※俺たちは、水泳部じゃねーよ

「マラソン大会は15km」
※どんだけ走らなアカンねん!

運動は得意なので、
全てこなすことはできていた。
でも、それだけスポーツに特化しているだけあって、

「クラブ活動」

もキツイ。
そして、うまい奴しかいない。
なんとか食らいつこうと、
家でも自主練習しまくった。

学校でもキツイ練習。
家でも自主練習。

そんなことをやっていると、
体が悲鳴をあげ始め、遂に、

「あぁぁぁぁぁ!!!」

と首を捻挫。
何もできない。
ちょっと動くだけで痛い。

そんな状態なので、
しばらくは皆が練習しているのを、
ただボーっと見ていた。
そうこうしていると、

「俺は何をやっているんだろうか。」
「このまま野球を続けるべきなのか。」

と考えるように。
それに加えて、
もう一つの懸念があった。

お小遣い0円

お小遣い0円

中学時代に使っていたグローブは、
柔らかめのボール(軟球)用に作られたもの。

高校では、プロ野球と同じ硬さ(硬球)を使うため
グローブやスパイクを新しくしなければならない。

これに関しては、すでに仕事をしていた
兄がプレゼントとして買ってくれた。

でも、一番の懸念があった。
それは、

「お小遣い」

ボロ家に住んでいる母子家庭。
母は、スナックでパートとして、
働いてくれていた。

でも、給料は安い。
当然、

「お小遣いは0円」

昼食用に貰えるお金は500円。
お金を残したければ、
中学生時代と同じことをしなければならない。

アーモンドカステラパン カニパン

「1つ50円のアーモンドパン」

「カニの形が2つ入った100円のパン」

「100円のまるごとソーセージ」
・・・etc

しかし、中学生時代に比べて体も大きくなっているので、
そんなものでは我慢できない年頃。

夜7時頃に練習が終わった帰り。
仲間たちはコンビニへ寄って、
好きなものをたくさん買って食べている。

しかし、お小遣い0円の私は、
何も買えない。

皆が食べているのを見ているだけ。
何だか寂しい気持ちだった。

退部を決意

これから遠征費も掛かってくる。
中学生時代よりも本格的なクラブ活動。
もっと、もっとお金が掛かるに違いない。

という思いから、私は退部を決意。
昼休み、野球部の顧問の元へ行った。

コンコン

先生
先生
はーい、どうぞ〜
子龍
子龍
失礼します!1年2組の中城です!◯◯先生にお話があります。

(体育会系なので、しっかりと言わないと殴られる)

先生
先生
なんですか?
子龍
子龍
首の捻挫もありますし、このまま続けていく自信がありません。退部させてください。
先生
先生
うん、良いよ。でも、途中で投げ出すことは、将来にもよくない。君は、途中で投げ出したことになる。それでも良いんだね?
子龍
子龍
(泣きながら)はい。。もう続けることができません。情けないですが、やる気もありません。

(母子家庭のことについては、話していない)

先生
先生
そうか。君がちゃんと決めたなら良い。これからも頑張ってね。

と退部が決定した。
正直、途中で投げ出すことは、
めちゃくちゃ悔しかった。

それと同時に、
何かの呪縛から解かれたような、
晴れやかな気分にもなった。

もう練習帰りに、辛い思いをする必要もない。
辛い練習をする必要もない。
お金を気にする必要もない。

早速、アルバイトへ

アルバイト

パチンコ依存症だった時代の
借金を抱えたままだった母親。

毎月の返済も、利子を返すだけでいっぱいいっぱいだったようだ。

当然、パート代だけでは間に合わない。

自分のお小遣いと家にお金を入れるために
アルバイトを開始。
家には3万円を入れていた。

「自分で働いて、自由に使えるお金」

これが本当に嬉しかった。
これまで自由に使えるお金なんて、
まったく無かった。

しかし、常に金がないという
生活だったので使い方も荒かった。

ガラパゴス携帯を自分で購入

jsh-04

ちょうど携帯が流行り始めた時代。
クラスメイトのほとんどが持っていた。

みんなは、親に買ってもらってる中、
私は、自分でアルバイトして購入。
最初に購入したのは、

「J−PHONE」
(ジェイフォン)

の縦に長い携帯。
(J-SH04)
16和音の着メロが懐かしい・・・。
64和音なんてすげぇぇぇ!という時代。

そして、出会い系にハマる

出会い系

当時、出会い系も流行っていて、
私も出会い系サイトで遊びまくっていた。

お姉さんとエロいメールもたくさんした。
実際に会ったこともあった。
電話でお話ししたこともあった。

当時は、今のように定額制じゃなく
従量制(使った分だけ)請求がくるタイプ。
明細を開くと、

「2万円、3万円」

なんて当たり前。
高い。高すぎる・・・。
でも、楽しいから歯止めが効かなかった。

だって、エロいメールができるんだものw

そして、自分で働くことで、
これまで持ったこともないお金を持つようになった私。

これが、悪い方向へと進めてしまうのです。

パチスロにハマル高校生時代。貧乏人が金を持つとロクなことがない!これまでお小遣い0円で過ごしてきた子龍。高校生になって2ヶ月で野球部を退部して、次にやったことがアルバイト。家に仕送りをしてもお金が残る状態。これまでにお金を持ったことがない生粋の貧乏人なので使い方を知らず。パチスロ依存症へと落ちてしまうのです。...


ゼロスタ

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中城 子龍
中城 子龍
法人2社経営。辛い過去を乗り越え、理想の未来を手に入れる【ミライフプロデューサー】。コミュニティ運営、コンサル、プロデューサー、書籍出版、メルマガ自動化。最短5日収入から始まる年収1億円メソッド。
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